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2012年8月26日 (日)

「ララバイSINGER」

アルバムの最後の曲にしてタイトル曲ですが、疲れ果てて眠りに就くような感じで、これだけ暗くて寂しい曲がラストを飾っていいのかと思えるくらいです。またそのままですが、この歌はやはり子守唄であって、疲れた人を無理に元気付けるのではなく心を休めよ、と優しく闇に包むような歌のように思います。

「歌ってもらえるあてがなければ 人は自ら歌びとになる」という一節ですが、随分後ろ向きとというか、歌ってくれる人がいないから仕方なく自分で歌う、という一種の虚しい一人遊びのような雰囲気はあります。しかし同時に「どんなにひどい雨の中でも 自分の声は聞こえるからね」という揺らがない自己の確信、自信もあるようにも感じられます。
「すぐ明日が来る」という言葉もポジティブにもネガティブにも聴こえます。再び辛く苦しい明日がやってくる、という意味にも聞こえますし、寂しくてやり切れない夜が終わる、という風にも解釈できます。
おそらくそういった背反を抱えつつ今はただ心静かにしようとする、深い悩みと慰めの曲なのではないかと思います。

そんなわけで暗くて寂しい歌ですが、後ろ向きではないと思います。悩み、迷い、また眠りに落ちつつも、自らの声を聞いて明日を進む、そんな曲だと思いました。

2012年8月19日 (日)

「重き荷を負いて」

これも非常に盛り上がるドラマチックな曲ですが、地味で泥臭くもあり、そのままですが重き荷を負って坂道を這い上がる、そんな言ってしまえば普通の人生を真っ直ぐに描いた曲だと思います。

最初からネガティブよりな言葉が多く、生きていくのが精一杯な様子が描かれます。そんな状況の中で振り絞るような「重き荷は重く 坂道は果てもなく続くようだ」という言葉はとても正直で、それでいて希望も絶望も決意も疲労も覚悟も愚痴も、その他色々な感情も飲み込んだ上で出てくる非常に重みのある言葉だと思います。続く「がんばってから死にたいな」はやや前のめり過ぎて泣きが入っているような印象ですが、それでもとにかく進むことだけは覚悟した前向きな言葉であると思います。

「ララバイSINGER」は全体として何となくモヤモヤを抱えたまま方途に迷っているような印象がありますが、この曲で道が示されたとまでは言わないものの、重たい荷物に負けないで、むしろその重力に逆らうようにして這い上がって行こう、という一個の決意が歌われたように思います。

2012年8月12日 (日)

「お月さまほしい」

非常に繊細な入り方と、対照的に爆発するようにエモーショナルなサビ、そのギャップに圧倒されて、何だかよくわからないままに、しかし納得させられてしまう強引な力を持った曲です。さらに、物語を感じさせる幻想的な雰囲気も併せ持ったとても劇的な曲だと思います。

「君に贈ってあげたいから お月さまほしい」という、字だけ見るとロマンチックにも思える言葉ですが、この歌ではややぎこちなく、叫ぶように歌っており、ロマンと言うよりはリアルに欲しい、直前の「君に贈ってあげたいから」が嘘に聴こえるくらいに、ただそれを欲しい、ひたすら欲しい、そんな激しい感情を歌っているように感じます。
何もできない無力な自分、情けない自分、そんな自分にさいなまれた挙句、「お月さまほしい」と言うのは、あり得ないくらい君が好きだという意味なのか、自分の無力さを対比させて悲しみに暮れているのか、或いは本気で月を贈る気持ちになったのか、苦悩と葛藤、そして感情の飛躍を感じさせる突き詰めた言葉のように思います。

繊細で優しくて無力で情けなくて悩ましくて感情的で、ひどい後悔と美しいメロディーと、そんな中島みゆきの魅力がたくさん感じられる素晴らしい一曲だと思います。

2012年8月 5日 (日)

「とろ」

中島みゆきがこういう可愛らしいというか、妙な猫なで声を出す時、案外曲の方は楽天的ではなくて、むしろそういう声でなければやり切れないない位いっぱいいっぱいであるような気がします。この曲も陽気さが怖いくらいですが、それでも「とろ」に可愛らしさを込めているようでもあり、一筋縄ではいかない曲のように思います。

「とろ」って何なんだよ、という話ですが、想像に過ぎない上に月並みな解釈ですが、「とろい」という語感を元に主人公につけられたニックネームではないかと思います。
「他の人はどうして何でもできるのだろう」と思う主人公につけられた、愛されているような、ちょっと馬鹿にされているようなニックネーム。そのニックネームに苦しめらている、というわけではないでしょうが、おそらく他人が思うほどにはのんびりでもマイペースでもなく、「間に合わないって気持ち あなたにはわかるかい」というやり切れない気持ちになっている「とろ」の気持ちを多少のユーモアをこめて代弁しているのではないのかと思います。

或いは「とーるぅおっ」とちょっと巻き舌で言ってみたかっただけ、という可能性もあるかと思いますが、可愛さで深刻さを隠しているような、少し切ない曲ではないかと思います。

2012年7月29日 (日)

「五月の陽ざし」

綺麗なピアノの伴奏に荘厳な感のあるストリングスの音色、ちょっと大袈裟に思える演奏を感動と取るか、ユーモアと取るか、筆者はどちらかというと後者に取って、微笑ましさと多少の切なさを感じました。

「五月の陽ざし」というタイトルですが、思い出のセピア色とでもいうか、或いは歌中に出てくるように色褪せているような雰囲気で、五月という全ての生命が活き活きとして、少し浮かれたような季節を彷彿とさせる歌ではないように思います。五月の陽ざしの中に居ながら、心は遠い日、戻らない時の陽ざしを求めている、そういう少しの虚しさと切なさを感じさせる、古い温かさを求める歌なのだと思います。

ところで、ドングリは乾燥に弱いらしく、綿にくるまれていたといえ「すでに時は過ぎた」と思われますが、「ドングリにまで気の毒なことをしました」は後悔ではなく、やはりユーモアであると思います。切ない時期ももはや通り過ぎて、可笑しさと愛らしさを感じる、そういう曲なのかもしれません。

2012年7月22日 (日)

「あなたでなければ」

明るい曲調に騙されては駄目でこれは悲恋の歌なんだろう、と思いつつも、しかし何時になく爽やかで何だかスッキリとした気分になる、不思議な魅力のある曲だと思います。

やはり「あなたでなければ イヤなんです」「あなたでなければ 駄目なんです」とはっきり言い切って、身も蓋もないというか、情けないというか、それでいて何だか爽快感があるサビがその主な要因だと思います。「どうしてもあなたにいてほしいんです」に至ってははっきりし過ぎて反論を許さないくらいの勢いを感じます。
もう一つ気になるところと言えば、「海を見ていたせいかしら」から「海を憎んだ」というくだりですが、海の向こうに行った「あなた」を待っている、という状況なのでしょうか、そうであってもなくても多少の倒錯と狂気を感じる部分で、一途な思いと憎しみが紙一重である危うさ、怖さを感じます。

いっそここまで人を好きになったり好かれたりしてみたい、と、そう思わせるくらい潔い、一途な好意を歌った曲だと思います。

2012年7月15日 (日)

「水」

美しいメロディーに乗ってしっとりと歌われますが、曲調とは裏腹に渇きに耐えかねるような心の叫び、激しい感情の揺れを歌っていると思います。

「水を探していた」から始まり、「あなたが心の水」で一旦答えが出たように見えて、そこから「水を少し下さい」となり、最後は「悲しい水です 人間は」になるまで、何かストーリーが見えてくるようです。あなたが私にとっての水であるものの、私はあなたにとっての水ではない、そのジレンマに対して「あなたの為の水を 誰か恵んでください」というのが、ひたすらに自分よりも相手の幸福を願う愛の言葉なのか、あくまで私がそれになりたいという渇望の言葉なのか、或いは自分と相手への哀れみと皮肉をこめた捨て台詞のような言葉なのか、おそらく全てが混じりあった複雑でやり切れない感慨を込めた深い言葉であるように思います。

「水」というシンプルなタイトルですが、それだけに解釈の幅が広いとでもいうか、掴み所が無くて不安定な人の心を歌った、幾つにも答えを出せる歌であると思います。

2012年7月 8日 (日)

「Clavis ─鍵─」

ミステリアスで情熱的で、そしてやはりちょっと方向を見失ってる感がある、らしいと言えばこれも中島みゆきらしい、困惑と魅惑に溢れる曲だと思います。

生きるための鍵を探し続ける、という主題が一貫されていますが、もう一つ「心あるかないか探し続けたいな」という言葉も並行して使われていて、単純に考えると「心」=「生きるための鍵」であって、つまり「心」を捜し続ける歌であると解釈できます。
心って具体的には何なんだよ、と言われるとよく分からないのですが、「ひとりだけで見つけるのは難しい」や「君と 君と」という所から、或いは心通じ合うパートナーのことを言っているような気もするし、全然違うことを言っているような気もします。

「謎は深まる」と歌っているように、答えを見つけるというよりは深まる謎に沈みこんでいくように誰かの心に惑溺する喜びを歌った曲なのかもしれません。

2012年7月 1日 (日)

「あのさよならにさよならを」

いつまでも吹っ切れない想いに別れを告げたい、という曲は今までにもあったとは思いますが、ここまではっきりと言った曲は初めてかと思います。全体的にか細い印象がありつつも、言うべきことをはっきりと言った意思の強い曲だと思います。

冒頭を聴いていると「あなたの心がさらわれそうで」「思わず強く抱きしめる」と、まるきり吹っ切っていないようにも思える言葉が連なりますが、その後「あなたが何も気にしないように」と続いて、これは思い出は思い出として今のあなた或いは今の私とは切り離して考えてたい、という意味かと思います。
そして、「あのさよならにさよならを送りましょう」へとつながっていきますが、やはり心情としてはもう吹っ切ったではなく、今これから吹っ切って前に進みたい、という未だ葛藤と躊躇を抱えた状態ではないかと思います。
それでも「約束を交しましょう 今からの日々のため」とあるように、過去ではなく今と未来に向かった歌なのだと思います。

まだ4曲目ですが、状況も方角もわからなくて立ちすくみつつも、意思だけははっきりと持って生きていこうとする、そんな姿がこのアルバムを通して見えてきたような気がします。

2012年6月24日 (日)

「宙船(そらふね)」

怒涛のように流れる音が爽快な曲で、その勢いと中島みゆきのがなり声が聴けて、それで何だか満足かな、という気になりました。

「お前が消えて喜ぶ者に お前のオールをまかせるな」という部分に気合のような気概を感じつつ、全体としては孤独でボロボロでむしろ途方に暮れているようで、「何の試験の時間なんだ」からのくだりからも、今自分が為すべきことも、進む方向もよくわかっていない状態であることが窺えると思います。それでも「その船」を漕いでいけ、という部分に結局はそれしかない、お前にはその船しかないんだ、という強い思いを感じます。
「宙船」とはこの歌での造語だと思いますが、人生に一台きり、或いは人生そのものを言っていて、宇宙に航路を刻んでいく、そんなイメージではないか、と思いました。

この歌がTOKIOに提供された曲だということを記憶していて、そのTOKIO版の方はうろ覚えなのに比較してしまうのですが、やっぱり中島みゆきの方が声が太くて説得力があるかなあ、と思います。中島みゆきの歌声の力強さを改めて感じる曲だと思いました。

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