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2010年5月 2日 (日)

「人待ち歌」

戦場に行った恋人を待つ歌、とはどこにも書いていませんが、再び逢えるとは限らない人を待ち続けている、そんな情景が目に浮かびます。

純粋な待つという行為は祈るに似るというか、ひたすら想い続けるしかできない、ということであって、行動としては受動的であるとしても、迷いや願い、虚しさや哀しみ、希望と絶望などの感情が激しく振動する、気持ちとしては非常にアクティブな行為だと思います。
この歌でもそういった感情が渦巻き、噴き上げ、やがて疲れ果てたように沈んでいったかと思うと、「荒野を越えて」のくだりでまたも噴き上げられ、そういう果てしない繰り返しを表現しているように思います。

最後に逢う、逢えない、逢うで終わるところに希望を感じつつも、待つという激しく、切なく、どうしようもない気持ちを描いた曲なのだと思います。

2010年4月25日 (日)

「生きていくおまえ」

演奏時間が11分弱ある、中島みゆきにしてはかなり長めの物語仕立ての歌ですが、それだけ長くても大分端折っている、本当はまだまだもっと話すことがたくさんある、そんな語り尽くせない感じが、この曲の切なさを増しているようで、人生の悲しさのようなものを感じさせてくれます。

正直に言うと、数回聞いただけの筆者には話の筋がよくわからない部分があります。例えば小美とは誰なのか、私なのか友達なのか、何故友達に眠り薬を飲ませたのか、などですが、中島みゆきが敢えてそうしているのか、或いは夜会を見れば解ることなのかもしれませんが、ただそういう筋が理解できないにしても、この曲を聞けば人生の不如意さ、生き辛さというものがよく伝わってくるのと、そのことと相反するような「生きていてよ 生きていてよ」という願い、理非を超えた切実な思いが心を打つようです。

色々な物語がありつつも、結局最後は「小さな小美、小さな小美ー」のくだりが最も言いたかったことであり、また、そうとしか言えない、そう言うことが精一杯な、そんな切実な思いに溢れた曲なのだと思いました。

2010年4月18日 (日)

「子守歌」

どことなく鄙びたメロディーに乗って、切々と「眠りなさい」が繰り返される。盛り上がることも、盛り下がることもなく、ただ淡々と歌が流れる。もういいから静かに眠りたい、何もかも忘れて休みたい、そんな思いが伝わってくるようです。

大人向けの子守唄だと思いますが、「眠りなさい娘」という言葉には本当に子供に向けて言っているような優しさと、そこに自分を重ねているような物悲しさがあるように思います。メロディーのせいか全体としてに郷愁のようなわびしさ、回帰の想いが去来しているような気がします。

そして「眠りなさい心」と、自分の心に言い聞かせるようにつながるのだと思います。子守唄を歌っているうちに自分の心まで慰めていた、そんな情景が浮かんできました。

2010年4月11日 (日)

「I love him」

タイトルを読むだけでも涙を禁じえないですが、歌の方も反復されるメロディーと詞が空虚を積み上げるようでいて、それでいて目を凝らすと影のように輪郭が見えてくるような、でも見えたところでやはりそこには何も無い、そんな空虚と、しかし意外なほどの情熱がある曲だと思います。

序盤にて「愛されること愛してもらうこと それが人生の幸せ」という結論を出してしまい、その命題に苦しまされるようにして曲が進行しますが、それとは別個に、愛されようが、愛されまいが私は愛しているのだ、という気持ちが噴き出ているように思います。
「I love him」とは報われずの愛、返されずの愛、いわば絶対愛であって、上記のような悩みとは別に、どうしようもなく私の中にあるものである、ということのように思えます。

以下はこじつけですが、実際の歌でも「I love him」と言っているようにも「I love you」と言っているようにも(筆者には)聞こえる部分があり、この際、himだろうがyouだろうがどちらでも良く、とにかく愛している、というこみあげる気持ちを抑えかねる歌なのだと思いました。

2010年4月 4日 (日)

「DIAMOND CAGE」

「DIAMOND CAGE」という囁くような歌声を多く人はどう感じるのでしょうか。筆者はその妖しげな響きが、宝石の持つ艶冶さ、俗な意味での美しさ、輝きを表現しているように思いながらも、同時に激しい胡散臭さ、 妖しさというよりも怪しさ、というようなものを感じてしまいました。

そこは単に筆者がそう感じた、というだけで、もっと純粋にこの曲にゾクゾクするような色気を感じる人もきっといるはずだと思うのですが、筆者としては中島みゆきのやや耽美な感じの曲とはどうも合わない、歌と上手く付き合うことができない、とでも言うか、「DIAMOND CAGE」という言葉が真面目に発せられているのか、遊び心からのものなのか、見切れずになんだか気まずいような気分になる、そういう感じがしました。

と、何だか感想文にしても曖昧でよくわからない文章になってしまいましたが、筆者としてはこの曲は中島みゆきの胡散臭さ―それはおそらく魅力でもある―がよく出ている曲だと思いました。

2010年3月28日 (日)

「ふたりは」

これも二回目のアルバム収録(一回目は「夜を往け」)です。前回の感想では演劇のようだ、と書きましたが、今回はそれを超えて、もはや演劇であるとしか思えないようなアレンジになっていると思います。歌の解釈自体は筆者の中では変わっていないのですが、中島みゆきとの距離感はより遠くなった、という感じです。

筆者は歌とは歌い手または歌の主人公に同調できたとき、いわゆる感情移入ができた時に聴き手は最も高揚し、その歌を理解したような気持ちになれる、と思っています。元々非ファンの筆者はなかなかそういう気持ちにはなり辛いところがありますが、特にこの歌においては、中島みゆき以外のソロがそれぞれのパートで登場することによって、その辺りを分断しているかのようにも思えます。
そう思うと、この曲は幾つかのパートでもって何か一つの舞台、世界感を構築しているかのようであります。「私」や「あなた」、或いはそれらを取り巻く街の人間や子供達など揃って、一つの完成された世界が提供されているのであって、聴き手がそのうちどれか一つに感情移入することで「理解した」とは容易に言えない曲になっているのだと思います。

中島みゆきの歌の世界、とはどんな世界なのか筆者も無論わからないのですが、ここにその一つが示されていると思います。単に感情移入するだけではその世界像をおそらく掴むことができない、やや上級者向けの曲だと思いました。

2010年3月21日 (日)

「May be」

二回目の「May be」(アルバム収録曲として)ですが、やはり二回目の余裕が多少感じられるとでもいうか、どことなく遊び心があるアレンジで、歌の方もミュージカルの一幕の如く、楽しんで演じている(悲しい曲だとしても)雰囲気が感じられます。

ミュージカル、と自分で書いた言葉にひきずられるのですが、悲劇的なストーリーだとしても陰々滅々としたミュージカル、というものは考えづらく、それは音楽と言うものが元来陽気なもので、リズムを取って、メロディーをつける、それだけで希望がさすような気分になれるものであるということだと思うのですが、「May be」もアレンジが変わって、この曲が元々持っていた明るさに気づかされたような気がします。

May beとは低い可能性を表す言葉ですが、今回はその可能性を雲間から差し込む光のように、希望的にとらえることができました。

2010年3月14日 (日)

「泣かないでアマテラス」

どんなシチュエーションだよ!と、タイトルを見て思わず叫んでしまいましたが、曲を聴いてみてもどんな状況かはよくはわからず、ただアマテラス、アマテラスと、何者かをひたすらかなだめるかのごとく、どことなく祈祷的な感じのする不思議な曲であると思います。

この曲のアマテラスとは何のことを指すのか、「この曲は中島みゆきが友人のxxさんを励ますために作った曲です」とか解説されたら、それはそれで納得してしまいそうですが、筆者はやはりアマテラスとは神であって、日本的情緒でもって神をなだめる、泣かないで泣かないで、ほほえんでほほえんで、繰り返す内に自らに神が憑いたかのような高揚感と陶酔感を得る、そういう一種巫女的な雰囲気を擬している曲のように思えます。

そうとでも思わないと、最後のアマテラス!の部分の異常な盛り上がりが理解できないのですが、いずれにせよ、冷静に現実的に考えるような曲ではなく、半ば呪術的な雰囲気があやしく、胡散臭く、そして楽しい、妙な魅力を持った曲だと思います。

2010年3月 7日 (日)

「思い出させてあげる」

何だか思い出してはいけないことを思い出させようとしているかのような、スリル感というかサスペンス感あふれる曲調です。一体何を思い出させようというのか、謎が謎を呼ぶ雰囲気があり、ひどく思わせぶりな感がある歌だと思います。

筆者は最初、自分のことを忘れ果てている男に向かって「思い出させてあげよう」と囁いている歌なのかと思いましたが、歌詞を見てみると「貴女だけが知っていること」と書いてあり、自分を激しく責めたてるような激しい自省、自虐的な歌なのかとも思いました。
しかし、「思い出させてあげよう忘れ捨てたあの日のこと」には明らかに恨みの感情がこもっているように感じられ、或いは自分の内なる声に感化された主人公が、終盤、男への愛憎を剥き出ししているのではないか、と想像が膨らみました。

膨らんだところで、どうという結論も出せないのですが、誰が誰に何を思い出させようとしてるのか、想像の文目によって、とりどりに色彩が変わるような妖しい雰囲気がある曲だと思いました。

2010年2月28日 (日)

「二隻の船」

「East Asia」ではトリ的な印象があった「二隻の船」が再び、今度はオープニングで登場です。何故再び登場なのか、その辺りはこのブログでは追求しませんが、エピローグがそのままプロローグになったような、何か続編がこれから始まるような、そんな期待感を感じました

曲の印象自体は大きく変わることはないのですが、前回が非常に劇的に、情感たっぷりに歌っていたのに比べて、今回の方がより静かに、やや独奏的に進行し、最後は多くの音を重ねてやはり盛り上がるのですが、全体としては削ぎ落とした感のある、より完成した出来になっていると思います。

今回はこの歌の余韻がそのまま次の曲につながりそうな雰囲気があります。非常に物語を感じさせる歌なので、オープニングとしても相応しい曲なのだと思いました。

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