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2014年12月 7日 (日)

「病院童」

中島みゆき、遂に病院デビューか!?と、適当なスポーツ新聞の見出しのような感想が湧いてしまいましたが、それくらい深刻感がないというか、アップテンポで妙な勢いがあり、逆に深い悩みを抱えているのはないか、と勘ぐってしまうような奇妙な曲だと思います。

歌を聴き進めると、やっぱり「切実」が本音のようであって、「病院は戦場だ 病院は外国だ」と繰り返されるフレーズに代表されるように、シビアな現実があったり、或いは修羅場があったり、そうでなくとも浮世と文化が異なって、言葉が通じないような違和感、孤独感、そういう不安がいっぱいであることが窺われます。
多分、この歌はそういう病院の陰気さを吹き飛ばしたいという気分の歌で、「病院童」という、おそらく座敷童のように明るく無邪気で、孤独を掻き消す存在を欲しているのだと思います。ただ、歌では病院童に居て欲しいではなくて、「病院童になりたい」と言っており、それが不安に苦しむ人の傍らで力になりたい、という意味なのか、又はいっそ病院童になって病院に棲み着いてしまえば不安がなくなるのに、という意味なのか、意味深な言葉だと思います。

それにしても病院も慣れてしまえば戦場はともかく外国ではなくなるではないかと思うのですが、その点、中島みゆきにとってまだ病院は日常ではないようで、ファンではないながらも少し安心な気分になりました。

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コメント

 これは、全くの初心者ではない僕でも、笑ってしまった。いったいどういう歌なんだと。

「♪痛い苦しい時に行く もしくは運ばれる」から始まって、「♪それが病院」までの冒頭のくだりは、ややもすると狩野英孝を思わせる陳腐な定義付けであり、「♪病院は戦場だ」はともかく、「♪病院は外国だ」はちょっと違うだろうと。そしてラストは「♪病院童になりたい 切実な願い」と、全く切実感なく歌い上げる。
 そもそも「病院童」って何だよ、あの「座敷童」の病院版か、と考えたところで、覇龍社会さんと解釈が違ってくる。
 僕が抱く「座敷童」のイメージは、「明るく無邪気で、孤独を掻き消す存在」ではなく、「それを見た人は幸せになれる妖怪」である。
 これを、「童」の側から考えると、幸せな人は見える、不幸な人は見えない、ということになるだろうか。
 だから、「♪なんだお前まだいたのかと 笑ってくれたらうれしい」に対して、「♪一人ぽっちで泣く人のいるのは悲しい」のである。笑ってくれる人は幸せな人であり、一方、一人ぽっちで泣く人が、「見る」のではなく「いる」なのは、「童」にも見えてないんじゃなかろうか。
 思えば、中島みゆきのお父さんは医者だし、僕も昔よく聴いていた中島みゆきのラジオのリスナーには、看護師さんが多かったように思う。
 だから、中島みゆきの視点も、どちらかといえば治療者側であって、何とかしてあげたいんだけどどうにもできない、だったらどうにかできる人だけ見えたらいいのになぁ、って感じだろうか。

 それにしても、「♪病院で生まれて」から始まる転調部分は、すでに「病院童」になり切っているし、どうにか解釈してみても、不思議な歌であることには変わりない。
 

一年前の記事へのコメント失礼します。
病院童…何らかの病気で産まれてからずっと退院できない子供。
と解釈しています。(『何だお前まだ居たのか』普通なら傷つくだろうにこの子は強い!)
自分の事より他の患者さんを気遣う心優しい子。
私的にはコミカルだけどズシンとくる歌です。

前のコメントからも更に時を経て、なんの意味もないかも知れませんが。

我が子が先天性心疾患で生まれ、手術に耐え得る体格まで育つまで、待つだけの日々。「泣くのが仕事」と言われる赤子なのに「発作(不整脈)を誘発するかもしれませんので、可能な限り、泣かせないで」と言われて待ち続けた術前入院までの間。何とか頑張って手術に辿り着けても、当然、誰かが子をみなきゃいけない。けどお母ちゃん好きな幼稚園児の姉もいる。かつ私は24時間勤務の消防。仕方なく近くに居るボケ始めている親父の手を借りながら、3日に1日は病院に泊まって何とか必死で退院まで過ごした約1ヶ月半。とても辛かった1ヶ月半でしたが、そんな境遇すら有難いと思える他の子、そして付き添いの母親たちの境遇。

そんな経験から思います。「童」は、その切実さを知る方々であり、そんな「病院」は本当に表通りに近いw。

ちゃかせずに言えば、突然の病気で運び込まれる病院では命を無くす患者はありふれていて、そこで使われる単語どころか基準は「日本の日常」から大きく離れています。普通の方々が一歩、病や怪我で踏み外した病院は、まさに「戦場」であり「外国」です。救急というプレホスピタルを場にする身でありながら所詮、他人事でありましたが、我が身に降りかかって始めて思い知り、この歌を聞き、みゆき姐の守備範囲の広さと深さを思い知りました。

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