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2014年12月28日 (日)

「身体の中を流れる涙」

ずっしりと沈み込んでいくような曲調に「私は涙でできている」という極端な述懐、こんなにつけ入る隙が無いくらい落ち込んでいる歌は久しぶりな感じがします。一体何があったのか、とあれこれ想像してしまう曲だと思います。

「身体の中を流れる涙」ということで、おそらく涙は身体の外を流れておらず、むしろそれを封じこめるような雰囲気であり、「なぐさめ言葉 知恵言葉 私のためなら要りません」と外から干渉を拒否して、内へ内へと向かっているように思います。
「私の聞きたいひとことは あの人だけしか使えない」、「命よりなお長く 誓いは生きる」というフレーズから「あの人」はもういなくて、誓いだけが永遠になってしまった、そんな情景を想像しましたが、そういう、もう取り返しのつかない、自分の心の中でだけでしか決着をつけられないことを歌っているように感じました。

サビのくぐもった歌い方や、聞き取りづらいコーラスなど、単に恋愛をこじらせたというより、消えない喪失感を抱え込んで整理のつかない心模様を歌った曲だと思います。

2014年12月21日 (日)

「問題集」

「問題集」というタイトルからいわゆる問題作的なシリアスな展開を勝手に想像していたのですが、意表を突かれたというか、軽快とまでは言わないせよ、決して重々しい曲ではなく、男女の機微をテンポ良く歌い上げていると思います。

久しぶりにブログを再開したせいか総括的な感想が多くなりますが、中島みゆきにはあれだけ恋愛のことを歌っておきながら、男女が最終的には解り合わない、根本的に解り合えない、という前提があるような気がします。この歌でも、男女がそれぞれ別々の問題集を持っていて、そこに書かれている字は言語からして違っている、とまで言っています。
「あなたの問題集は 私にはたやすく見える」「取り替えてみたい気がする」と言いつつも、実際には取り替えることなどできない、相手の心の中へは入っていけない、ということが分かっているからこそ「もうまもなく わかるようになるかな」という根拠の無い、儚い願望のような叫びに収束していくのだと思います。

と、書くと何だか絶望的な感じですが、この歌ではむしろそういう難しさ、問題集を楽しんでいるような雰囲気もあり、多分この曲を歌っている時の中島みゆきは楽しそうなんだろうな、と想像しました。

2014年12月15日 (月)

「産声」

ストリングの伴奏が感動的な、割と王道的な印象の曲だと思います。しかし、歌としては難しい言葉を使っているわけでもないのですが、様々な感慨が織り交ざった複雑な心象の歌であるように思います。

「産まれは何処の国」と、国籍又は国というものを問題にした歌、かと思いましたが、どうももっと根源的なことを歌っているようです。
産まれるということの感動、そして何もかもがこれから始まるという原初の新鮮な気持ち、そういうものは普通覚えているわけもなく、しかし完全に失われたわけでもなく、誰もが心の原点として持ち合わせているものだと思います。
赤ん坊に戻りたい、何もかもリセットしたい、という現実逃避ではなく、「時は戻らない 続きを編むだけ」と覚悟して、もう一度心を新たにやり直したいという気持ちを歌っているのだと思います。

「どれも都合良く呼び戻せるはずもなくて」と繰り返されるように、決して軽い気持ちでやり直せると思っているわけではなく、むしろ悲愴感が漂っていると思いますが、それでも投げ出したりせずに前に進もうとしている歌であるように思いました。

2014年12月 7日 (日)

「病院童」

中島みゆき、遂に病院デビューか!?と、適当なスポーツ新聞の見出しのような感想が湧いてしまいましたが、それくらい深刻感がないというか、アップテンポで妙な勢いがあり、逆に深い悩みを抱えているのはないか、と勘ぐってしまうような奇妙な曲だと思います。

歌を聴き進めると、やっぱり「切実」が本音のようであって、「病院は戦場だ 病院は外国だ」と繰り返されるフレーズに代表されるように、シビアな現実があったり、或いは修羅場があったり、そうでなくとも浮世と文化が異なって、言葉が通じないような違和感、孤独感、そういう不安がいっぱいであることが窺われます。
多分、この歌はそういう病院の陰気さを吹き飛ばしたいという気分の歌で、「病院童」という、おそらく座敷童のように明るく無邪気で、孤独を掻き消す存在を欲しているのだと思います。ただ、歌では病院童に居て欲しいではなくて、「病院童になりたい」と言っており、それが不安に苦しむ人の傍らで力になりたい、という意味なのか、又はいっそ病院童になって病院に棲み着いてしまえば不安がなくなるのに、という意味なのか、意味深な言葉だと思います。

それにしても病院も慣れてしまえば戦場はともかく外国ではなくなるではないかと思うのですが、その点、中島みゆきにとってまだ病院は日常ではないようで、ファンではないながらも少し安心な気分になりました。

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