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2014年11月30日 (日)

「ジョークにしないか」

静かで控え目で、言ってしまえば地味な曲ですが、押さえつけた気持ちは相当に圧縮されているようで、今にも噴き出そうなと言うか少し噴き出てしまった気持ちに収拾がつかないで、「ジョークにしないか」と懇願しているような、そんな印象の歌です。

「笑ってくれましたか それならいいんです」と、うっかり滑った口を取り繕うような冒頭から、「うとましがられるより そんな奴がいいんです」という王道的な臆病な態度、その辺りまでなら勇気を出せ、とか当たって砕けろ、など気楽に助言も送れますが、「愛なんて軽いものだ 会えることに比べたなら」に至って、これは他人には口出しできないほど純然とした切実な気持ちである気がします。
「伝える言葉から伝えない言葉へ」という短い詞に、気が遠くなるような心の経緯、葛藤が含まれているような気がして、そうやって時間をかけて結晶化した想いは多分外気に触れると溶けて無くなってしまうので、必死でなかったことに、ジョークにしてしまおうとしているのだと思います。

そんなわけで改めてこの曲の印象をまとめると「切なくて、情けない」ですが、考えてみれば初期からずっと続けられているテーマのようなものにも思えて、デビュー40年たっても今なおその感覚を持ち続けていることに驚愕する次第です。

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コメント

 11月12日に発売になったブルーレイ&DVD『縁会 2012~3』では、中島みゆきは昔の名曲「化粧」を歌っているのだが、その表現力は、アルバム『愛していると云ってくれ』で泣きながらのように歌った時とはまた違った豊かな表現力を備えて、あたかも新曲であるかのように歌って見せている。
 決して今の中島みゆきの心情であるはずはなく、当然のことながら60歳を超えた女性が「化粧なんてどうでもいいと思ってきたけれど」なんてことを考えているはずはない。本心でそう思って生きてきたのなら、まずアスタリフトのCMに出たことを富士フイルムに謝らなきゃいけない。
 あ、あれは化粧じゃないのか。

 この「ジョークにしないか」も、中島みゆきの原点であるフォークソングの印象が強く、歌詞の内容から言っても、多分、今、新しく作った曲ではないだろうな、と思うのである。
 でも、その表現力はとても生々しく、ヒット曲を求められるがままに歌っているのとはわけが違う。あたかも、今、自分がそのような体験をしてこのように感じたというようなリアリティで伝わってくる。
 こういう表現力って、おそらく、いったん自分の体験や気持ちとして楽曲を作り、次にそれを客観的に作品として磨き上げ、さらにまたその作品に自分を当てはめて演じる、と言ったように、作品と自分とを行ったり来たりしながら作り上げていかないと、できないんじゃないかと思う。
 コンサートで「化粧」が歌えるのも、ニューアルバムで「ジョークにしないか」が収録されるのも、中島みゆきの芸術家としての鍛錬の証なんだろうと、ただただ尊敬してしまうのである。

私は、「あ、みゆきさんも うらみます。だのこれ見よがしにだれかにしなだれかかったり、泥をかぶったり、12月に自殺をしたりっていう修羅場的な恋愛はとは、距離を置いた御歳になられたのだな。」と思いました。
1昨年の「常夜灯」のときからそんな感じがしていました。
静かに燃える心、もうあーだこーだはめんどくさいんです。
「伝たい言葉から伝えない言葉へ」コレが端的に物語っているような気がしています。

私は50代半ばですが、なんだかそんな関係にあこがれます。
 で、やっぱり中島みゆきって、本当に素直な人だなと思うのです。

学生時代から聴いてきたみゆきの曲。
時が流れて私は40代になりました
旦那も娘もいるけど…
このジョークにしないか
すごくよくわかります
共感出来ます
背伸びして聴いていたあの頃
みゆきの曲に共感出来る歳になってしまったんだな。

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