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2013年9月22日 (日)

「スクランブル交差点の渡り方」

「人に酔ったみたいなことです」に集約されていると思うのですが、複雑すぎる人間関係に眩暈がして、逃げ出したいと思っても結局そこでしか生きられない、そんな愚痴を聞いているような、溜息を聞いているような(実際ついてますが)歌だと思います。

「初めて渡ったときは気分が悪くなり しばらく道の隅で休んでいました」というのはメンタルが脆過ぎないか、という気がしないでもないですが、無論、ここでいう「スクランブル交差点」とは象徴的なもので、あまりの人の多さ、乱雑さについていけないという気後れ、衝突を巧みに避けて身軽に進んでいくような真似は自分には到底できない、という諦めの感情、そういう人生の生き辛さを表しているのだと思います。
さらに、「人の後ろに付けばいいんだと知りました」というつまらないコツを発見した挙句、「人の行く先を予測するのが大事です」というのは、本当のところは大事というよりはむしろ踏み潰したくなるような処世訓であって、自分の好きなように歩ませてよ、というのが本音だろうと思います。

溜息をつくような曲、という感想をこのブログで何回か使ってきたと思いますが、本当に溜息をついているのはこの曲が初めてだと思います。生きていく上で当然溜まるであろうフラストレーションを音楽に変えて、きれいに吐き出していると思います。

2013年9月15日 (日)

「ベッドルーム」

「ベッドルーム」というタイトルですが、眠る場所というよりは、非常にプライベートな外界から隔絶された空間であるという面に着目していて、そこで他人の目がないからと醜悪な部分を晒す人間の姿を批判、揶揄の意味を籠めて「寝心地は最低 居心地は最高」と言っていると思います。

「粗略に扱ってかまわない人間が」という歌詞からは差別を歌っているように思えますし、「しゃがみ込む子供を 親は叱りとばし」からは虐待のことを歌っているように思えます。いずれも後ろめたさを伴う行為で、或いは自分の心に錠をかけて、自分の中で正当化したところで、結局安眠はできない、心に底から安らぐことはできない、そう歌っているように思います。
「寝心地は最低 居心地は最高」の歌声には一種の滑稽さとわずかに泣き出しそうな雰囲気が籠められていて、薄々自覚していても抜け出せない心の闇の深さ、どっぷり浸かって抜け出せない泥沼のような心理、苦しさを表現しているように思いました。

ただ単に差別は良くない、虐待は良くない、と言っているのはなくて、それに陥る偏狭な心理、ベッドルームに閉じこもってそこで生きていくような鎖された心に異議を唱える歌なのだと思います。

2013年9月 8日 (日)

「あなた恋していないでしょ」

また静かな夜に思いを馳せるといった趣の曲で、「あなた恋していないでしょ」と話しかける形をとりながらもレスポンスは無く、何となく独りごちているような、自分に言い聞かせているような雰囲気もあると思います。

「冷たい男になりたくて 寂しい男になったのに」の「のに」がそのままに後ろの詞につながらなくて、浮いているようで気になります。倒置文で「鋼で出来た鎧は脆い 涙ひとつで踏み誤った」に続いて、過去に寂しい男が涙一つで踏み誤った、だからもう恋はしない、という流れなのか、或いは寂しい男になったのは今現在の話で、望んでそうなったはずなのに何か足りないのではないか、本当にそれでいいのか、という疑問を示唆しているのか。続く「それも悪くはないかもね」には否定のニュアンスが含まれていて、「恋してよ」というのがこの歌のあけすけな本音だとするなら、後者であるような気がします。「のに」の後ろには「あなた」に言いたいことが色々と隠されていて、例えば「気をつけなさい 女はすぐに 揺れたい男を 嗅ぎ当てる」という忠告のような、警告のような、告白のような複雑な気持ちが籠められていると思います。

心を開かない男に何度も何度も問いかける、納得するようで、共感するようで、その実中々通じない気持ちにやきもきするような歌なのだと思います。

2013年9月 1日 (日)

「倒木の敗者復活戦」

「倒木の敗者復活戦」というちょっと不思議な語感のタイトルですが、つまりは「傷から芽を出せ」ということで、負けても倒れても、そこからまたやり直せる、再び戦うことができる、それはありうる、という励まし、或いは信仰のような強い願いを歌っていると思います。

この歌の特徴はやはり「完膚無きまでの負けに違いない」という敗北が確定していることだと思います。これまでも敗北の近傍を描く曲は多くあったと思いますが、負けが前提であり、確定した過去であって、そこからのみを歌う曲は少ないように思われます。まして「敗者復活戦」と露骨に言い切っているのは、中島みゆきに新たに何か一つの信念が生まれたかのような印象を受けます。それは弱者、敗者への同情、憐れみというよりはもっとポジティブで本気な強い気持ちで、「泣き慣れた者は強かろう」という確信であると思います。

どちらかというと筆者は未だに中島みゆきと言えばいつまで経っても泣き慣れないで、常に打ちひしがれているような印象は持ち続けてるのですが、しかし、この曲も中島みゆきの一面であり、新しいアルバムでいつも新しい印象を見せる中島みゆきらしい一曲であると思いました。

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