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2009年12月13日 (日)

「空と君のあいだに」

筆者も知っている有名な曲ですが、ドラマ主題歌という印象があるせいか、もっと油っこいイメージだったんですが、こうしてアルバムに入っている曲を聴いてみると、アレンジも歌い方もくど過ぎることなく、むしろ寂寥感さえ漂っているような気がします。

何といっても「僕は悪にでもなる」というフレーズが強烈で、「君のためなら死ねる」を髣髴させる、純然として行き過ぎた愛を感じさせます。
その一方でタイトルにもなっている「空と君とのあいだには」は一見冗長的で、「今日も冷たい雨が降る」と続いたところで、ひどく虚しいとでもいうか、歌の調子を整えるための枕詞的なものかと思える程です。
想像するに、本当は「僕がいる」と続けたかったのと違うか、と思うのですが、だとするとこの歌は「あいつ」に傷つけられた「君」を見て、今こそ僕が、と踏み込みかけて結局踏み込めなかった男が、でも僕は君のためなら悪にでもなれる、と奇妙な方向に愛を燃やしている、という風にも解釈できると思います。「空と君とのあいだ」は「僕」が入りこむことのできない「君」が抱えた空白、という意味なのかもしれません。

以上、勝手な解釈でしたが、いずれにせよこの歌には純粋な愛と狂気があり、それでいて一種の謙虚さと情けなさがあり、それらが美しい歌の流れの中で渦巻くようにしてドラマチックな人間関係を想像させてくれます。
TVドラマの方は見ていなかったのですが、ヒット曲になるのも納得な、非常に盛り上がりのある曲だと思います。

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コメント

僕とは犬のことだよ

(^・ェ・) さん、こんばんは。コメントありがとうございます。

初心者の私もこの歌の「僕」が犬のことだと中島みゆきが言ったというような話をどこかで読んだ記憶があります(この記事を書いた後ですが)。
無論、中島みゆきがそう言っているならば、それが嘘であろうはずもなく、その通りなのだろうと思います。
しかし、歌詞を見ると「ひきとめた僕を君は振りはらった遠い夜」、「君の心がわかる、とたやすく誓える男に なぜ女はついてゆくのだろう」等々、あまり犬っぽくないというか、正直言うと人間くさいというか、恋愛下手で一途な男の像が見えてくるようで、歌詞をそのままに解釈するなら、「僕」を振って(多分)軽々しい男についていった「君」を今でも想っている、というストーリーのような気がしてなりません。

思うに犬といっても生の、いわゆるアニマルな犬の気持ちを歌ったのではなくて、犬の一途さ、忠良さなどのイメージを歌に投影したということで、やはり人間のことを歌った曲ではないか、と筆者は思っているのです。

「僕は悪にでもなる」って、
「君を悲しませるものは全員殺す」って意味じゃなくて
例えばDVの彼氏から逃げてきた女性がいて、
その彼氏に「お前、居場所知ってるだろ、教えよ」
って迫られた時に、例え知っていても、知らないと
シラをきりとおすぐらいの意味だと思うんです。
この場面で、「嘘をついてはいけない」が出てくる人の方が珍しいと思う。
悪になるのは、最終手段で、悪になる以外に
方法が無くなった時に、悪になるんだと思います。


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