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2008年8月 3日 (日)

「HALF」

一方的な思い込みが激しい曲は今までもありましたが、これほど露骨で独断的な曲は初めてです。しかも「遠い昔」も「流れていく時」も殆ど話が省略されて、いきなり「次に生まれてくるときは-」が出てくるので「何言ってんだ、この人」というのが正直な第一印象です。

次に生まれて来る時は、という表現はそれだけの想いの強さを表す言葉ではありますが、裏を返せば今生きている間には無理である、という諦めも含んでおり、言ってしまえばその想いだけしか持ち合わせていない、それを実現できるような見込みは何も無い、という状態であるといえます。
しかもこの曲は、二人で次に生まれて来る時はまためぐり会おうね、と言っているのではなく、一人だけで言っている、さらにそれは今と次の世だけではなく、遠い彼方の日から約束であると、一人だけで言っているのであって、遠い過去から遥か未来までを貫く強力な情念、それも成就されない一人だけの想い、その片思いのみを歌っているように思います。

つまり現実的にはあり得ないことは分かっている、それでも、私はあなたが好きなんだ、あなたがどう思っているにせよ、とにかく私はあなたが好きなんだ、という想いそれだけを壮絶に歌っている曲だと筆者は思います。

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コメント

タイトルに覚えが無く、ましてどのアルバム
に収録されていたかも定かでなく・・の状態
で、また引っ張り出して聴くのも面倒なので
記事の内容で大体の歌詞を思い出しています

次に生まれたら一緒になろうね・・・は
言われるように、この世では絶対に添えない
伝えられない思いを持った場合、それでも
生きていかなければならない場合の常套句な
のではないでしょうか
きっと相手には自分の気持ちすら伝えていな
い、自分の中でだけ思いはどうしようもなく
抱えきれないほどになっているのに、諦めな
くてはいけない自分自身への鎮魂歌のような
気がします
あの世などない、ましてや生まれ代わりなど
現実にはあり得ないけれど、そう思うことで
自分を納得させる
いわば逃げのような気がしました
そんなに思ってるなら、駄目もとでぶつかっ
て行けばいいのに・・・と思うのですが
それじゃ物語にならないですかね

そう言えば、みゆきの歌って相手にぶつかっ
て行くという感じの歌は・・・ないかな?

現実的には無理なんだけど、次に生まれてくる時は・・・・・・という考え方は、とても謙虚で健気とも取れるし、とんでもなく粘着質で、諦めが悪いとも取れます。
私はどちらかというと後者として受け止めました。
決して心中の歌ではないのですが、「一人無理心中」とでもいうべきか、先方に迷惑はかけない、という理性は残しながらも、思い詰めかたが行くところまで行っちゃっていると思います。

或いはそれこそ歌であって、雪猫さんの仰る通り、心の中でそう思うことが慰めでもあり、逃げでもあるのだと思います。
何にせよ、非常に内向的な歌だと思います。

人にぶつかっていく曲は(まだ一部しか聴いてませんが)無いような気がします。あまりストレートな想いは歌になりにくいのかもしれませんね。

>>一方的な思い込みが激しい曲は今までもありましたが、
>>これほど露骨で独断的な曲は初めてです。
>>しかも「遠い昔」も「流れていく時」も殆ど話が省略
>>されて、いきなり「次に生まれてくるときは-」が出
>>てくるので「何言ってんだ、この人」というのが正直な
>>第一印象です。


【古今和歌集 巻12 恋歌2 552】 小野小町をののこまち
おもひつつ 寝ねればや人の 見えつらむ 夢をと知りせば 覚さめざらましを

いちずに思いながら寝たので、 あの方が夢にあらわれてくださったのであろうか。 もし夢とわかっていたなら、目を覚まさないでいたのに

一方的な思い込みの歌なんていくらでもあるよ。
自分が好いていない人に自分の夢を見たとかなんだかんだとおもわれて、、と考えると気持ち悪いですよね。でも、いい歌と評価されているですよ。

こんばんは。コメントありがとうございます。

いきなり言い訳で恐縮ですが、私は時々中島みゆきの歌の情念が理解できない、というよりは共感できないことがあり、特にブログを始めた初期は(この曲の時点で2年以上経っていますが)は素直にドン引きしていたとでも言いますか、初心者の遠慮のなさで「わからない」だとか、「屈折している」とかいうようなことを連発していたと思います。ただ、「何言ってんだ、この人」というのはいかにも感じが悪く、不快な気分にさせたのでしたらお詫び申しげます。

さて、確かに一方的な思い込みの歌は世にたくさんありますが、かといってこの歌がそれらと類比できるかどうか、記事でも書いていますが「次に生まれて来る時は めぐり会おうと誓ったね」という部分に一種の飛躍、何か間違った方向に想いが飛んでいってしまったような強烈な違和感を感じます。何だか一人で無理心中をしているような、切ないながらも強引で、今生を諦めているようで何かを引き摺り続けている、そんな重たくて黒々とした感情を感じます。
この歌の評価が私の中で低いというわけではなく、ただその感情に乗ることもできないし、正面から受け取ることもできない、ということだと思います。当時の私は「自分が好いていない人に自分の夢を見たとかなんだかんだとおもわれて」というような当事者の気分ではなく、もっと第三者的なもっと遠いポジションで歌を呆然と眺めているような気分になっていたと思います。

私のほうが「何てってんだこの人」ですが。

前提として、「片思い』であることを強調なさってますけど、よく歌詞を読んで下さい。この二人は思いを通じあっているんですよ。

私は中島みゆきさんの歌でこのうたがナンバーワンです。
なのにここでクソミソに言われて非常に不愉快。
「次に生まれてくる時は巡り会おうと誓った」ことを思いだしたんですよ。間違った方向じゃなくて、単に事実を述べているに過ぎない。
「何かを引きずり続けている」だなんて、なんと読解力の浅いことよ。

いいですか。
この曲の歌詞はそんな薄っぺらなものではないです。百五十回くらい読んでください。
過去世で恋人になれずすれ違ってしまった。だけどこの次の世では巡り会おうとと誓った。でも、現世でも見失ってしまいそう。だったら、この次に生まれてくる時はきっと、という、切願。切なる、本当に命をかけた願い。
こんな切ない、尊い詩はありません。

比類ない歌詞をろくに読まず、印象だけであさはかな下手草な感想書かないでください。

全くの初心者なんだから解らないんだよ。

はじめまして。
私もこの曲大好きです。

最初聴いたとき、これは不倫なのかな?って思ったんですよね。

深く愛し合いつつも、その道ならぬ恋を諦めてお互いの生活に戻っていく、そんなふたりの、女性側からの視点。
そんな風に感じます。

許されない恋。
なぜ許されないのか。
周囲が許さない?
親が許さない?
社会が許さない?
経済力がないから?
出会ったのが遅すぎた?
もしかしたらどちらか、あるいは両方が既婚者なのかも知れない。

お互いが大事で、一緒にいたくて、一緒に歩みたくて…
でもさまざまな状況、理由、事情から、諦めなくてはならなくて。
悔しくて悔しくて、切なくて切なくて。

そんな恋。

想い合っているのに、寄り添うには色々足りない。
どんなに切なくても悲しくても、どうにか自分を納得させて、人は生きていかなきゃならない。
悲しさとか、切なさとか、やりきれなさとか、そういったものを全部抱えて、これからもずっと抱えて、お互い別々の道を生きていかなきゃならない。

この曲を聴いたとき、そんな風に感じました。

もしかしたら、これは不倫なのかな?
恋を諦めて、終わらせられて?、お互いの生活に戻っていく。

自分の力ではどうにもできないことって、人生多いじゃないですか。
だからきっと、前世での誓いとか、次の人生ではきっととか、自分への非現実的な言い訳で、人は先に進む。

すごく切ない歌だと思います。
泣けます。

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 今日は久しぶりに覇龍社会さんとのタイアップ。曲は毒をんなおよび「HALF」。  [続きを読む]

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