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2008年2月 3日 (日)

「はじめまして」

生きていくとは日々生まれ変わることであるという事実と、明日とは今日の続きであるという事実は矛盾するようで分離不能な、一対の生命の原理であるように思います。どれほど今日を嘆いても生きている限りは明日はやってくるし、また、新しくならなければ明日を生きていくことは出来ません。

この歌はそのことから逃げ隠れせず正面から付き合おうという非常に意思的な歌であると思います。ストレートでシンプルなサビの繰り返しが印象的で、アルバム最後の曲として相応しい前向きで力強い曲だと感じました。今までの聞いてきた全曲を通しても、最も前向きな部類に入る曲ではないでしょうか。

2008年1月27日 (日)

「僕達の将来」

僕達の将来とは一体なんなのだか、悪い予感ばかりが駆け巡っているようで、「将来」という言葉が持つ意思や確信からは程遠く、漠然として不確定で、もうどうにでもなれという投げやりな虚しさが行間から滲んでいるような気がします。
特に「僕達の将来は良くなってゆく筈だね」という言葉には無限の不安と不信が籠められているようで、聴いているこっちまでが苛立ってくるようです。

その不安感が歌中でフォローされることもなく不安のまま終わる、というか未完のような形で整理のつかぬままに突然カウントダウンが始まり(筆者はまだスリーまでしか聞いてません)よくわからぬヒキで途切れてしまうので、これ以上の感想も書きづらいのですが、このアルバムでしばしば出てくる将来への不安感を最もはっきりと表現しつつ最終曲へとつなげる曲なのかなと思いました。

2008年1月20日 (日)

「春までなんぼ」

触らぬ神になんとやらというか、この曲も決して触りたくないような暗黒のオーラを発しており、聴く側としては遠巻きに眺めるしか手がないような印象を受けました。
下手な慰めなど通用しないというか、もし生半可な言葉をかけようものなら即座に全否定されそうな、そんな負の感情に包まれているような気がします。

「私」は殆どなにもかも否定しながらも、まだ完全にあきらめきれない部分が残っており、春など来ないという99の確信と、もしかしてという1パーセントの疑いの狭間で身をよじっているのだと思います。

もし、こういう煉獄のような苦しみに悶える人に言葉をかけるとするなら、慰めではなくて、「君に春など来ない」もしくは「私が春です」という断言しか無いような気がします。無論、筆者ならばどちらもできずに、遠巻きに眺めることしかできないのですが。

2008年1月13日 (日)

「シニカルムーン」

「満月の夜は犯罪が多い」というようなことを何かで読んだことが有るような無いような。その真偽は別にして、月光は夜の景色を薄青く照らし出し、何となく不安感を煽るように思います。まして季節の変わり目は人の心が不安定になり、貴方の愛が疑わしくなるのも当然というべきでしょうか。
もっともこんな人が実際に恋人だったら「じゃあどないせいっちゅうねん!」と叫びたくなること請合いで、やたらに不安がられてもどうにも処置しようがありません。きっと一緒になって困惑するしか仕方がないような気がします。

と、ここまで書いて、この曲は未来への不安の歌ではなく、既に冷えはじめている愛を月に託して(又はあたかも月のせいであるようにして)それとなく知らせようとしているとも解釈できる、と気付きました。そう思って聴くと、既に終わっている気持ちを延々と歌っているようで、逆にこちらが不安で、落ち着かない気分になります。

暗く冷たく静かで、まさに月のようなこの曲は、そういった解釈も曖昧に月光に溶かして幻にしてしまっていると思います。愛も好きも幻想として、雰囲気を楽しめればこの曲はそれでいいのではないでしょうか。

2008年1月 6日 (日)

「不良」

「お父さんは昔ワルだったんだぞ」と、なんだか自慢げに語りたくなるような(筆者にそんな過去はありませんが)曲調のせいか、何回聞いてみても真剣に曲に共鳴というよりも、懐かしさに苦笑いしてしまうような他愛のない印象から脱することが出来ませんでした。

が、開き直って考えてみると、多分この曲は男女のすれ違いを描いている曲で、歌詞でいうところの「一度はなりたい不良」が男一般が持つ不良のイメージであって、筆者も男である限り、そこから脱却できないのだ、とも思います。
一方、「すぐに転がる不良」とは何かというと、ぶっちゃけ筆者にはさっぱり分かりませんが、ただそれが「一度はなりたい不良」から類推できるような(つまり、「一度はなりたい不良」と対になったり、或いは対極であったりする)ものではなく、もっと異質で、ねじれた位置関係にあるような理解し難いものであるような気がします。

「わけなど何もなくても不良」とは、この男女の異質、解り合えなさを言っていると思います。或いは、そんな違いを認識しつつも、なお幸せを求めて一つになろうとすることを指しているようにも思います。

2007年12月30日 (日)

「彼女によろしく」

爽やかげな前奏にきっとこの曲は爽やかでないに違いないと確信しつつ聴いたところ、予想以上の絶望的な黒さに打ちのめされました。

意図的に外した音程や微妙にずれたリズム、皮肉な歌詞の嵐の挙句に繰り出される「God bless you」は祝福のまじないどころか、むしろ黒魔術の雰囲気を醸し出しています。これまでが葛藤を描いた曲だとすれば、この曲は葛藤の末に滲み出てくる恨みや憎しみの上澄みをすくい取った純然たる呪いの歌のような気がします。少なくとも筆者は「God bless you」に前向きな意味を見出すことができませんでした。

救い、というべきかどうか、「彼女によろしく」というフレーズはお話がこれで完結せず、さらに続いていくことを想起させます。恨んでも憎んでもなお想いを途切れさせることができない、そういう意味では呪いの歌ではなくて、悲しみの歌と呼ぶべきなのかもしれません。

2007年12月23日 (日)

「生まれたときから」

論理の組み立てが堅牢で明快で、かつ短い歌詞の中で伏線が幾度も張られ巧みに回収されつつ含みの部分も残され、それでいて全体としては直感的に誰が聞いても理解できる切ない物語風に仕上がっています。

一方、曲の雰囲気はそんな技巧を感じさせないほどに酔っ払いの雰囲気を醸し出していて、雲を踏んでいるかのように頼りなく、情けなく、身の置き所のなさがよく表現されています。

そんなわけで完成度が非常に高い曲だと思うのですが、それゆえに筆者は「このフレーズにはどんな意味があるのだろう」と思わず考え込んでしまい、今ひとつ曲に入り込めませんでした。
「あの娘の魅力のおこぼれで 夢を見た」は何重にも意味が重ねられていると思いますが、筆者はそのどれが正解なのか気になって(正解があるかは別にして)、夜も眠れない感じです。

2007年12月16日 (日)

「ひとり」

悲しみをグッと堪えて相手の幸せを願う曲、には違いないのですが、決して爽やかに澄み切った心境でいるわけではなく、特に「幸せになって」には割り切れなさや恨みが多量に混ざっていて、穿った見方をするなら呪いの言葉にようにすら聞こえます。

どれほど願っても、どれだけ嘆いても愛が戻らないのなら、恨み言など言わずいっそ相手の幸せを願う方が救われる、そう思って発した純粋で真っ直ぐな「幸せになって」という言葉は、心の中のくろぐろとした部分を通過する際に汚され、屈折され、「心配なんかしないで」「慣れてるわひとり」などの言わでもの言葉が付帯され、相手の心のあらぬところに突き刺さります。

無論、筆者は屈折してはいけないと言いたいわけではなく、むしろ屈折した想いこそがこの歌そのもののように思います。割り切れない気持ちのあまりの部分が歌であって、割り切れてしまったら歌にはならない、と思います。
この歌はしようがない、止むを得ない、とあきらめを主面に出しつつも、本当はあきらめられない気持ち、割り切れない気持ちを歌った曲だと思いました。

2007年12月 9日 (日)

「幸福論」

「幸福論」というタイトルとは裏腹に首尾一貫した論が展開されるわけではなく、どすが効いた、とまで言うと言い過ぎですが、凄みのある低い声で幸せで無さそうな情景の断片が次から次へと投げつけられます。
ノリとテンポが良いせいか、かえって心に引っかかるフレーズは無く、するすると流れてあっという間に終わってしまった印象です。

幸福についてあれこれ考えると相対論に行き着いたり、逆に幸せは人それぞれ、と悟ったような結論になったりしますが、この曲はそういった幸福論を打ちたいわけではなく、むしろ幸せを掴めない混迷と焦りを吐き出し、逆説的に幸福論というタイトルをつけてその混沌を強調しているのだと思います。

2007年12月 2日 (日)

「僕は青い鳥」

「僕は青い鳥」の言葉の通り、鳥のような高い視点で以って(歌中では籠の中にいるようですが)、人生の構図を総括しきっているような曲です。
アルバムの初っ端から、既に結論を出しているかのようにも聞こえます。

が、最後に「青い鳥」が客観的な、何らかの手段で捕まえられるような対象ではないことを明かし、聴いている者をドキリとさせます。筆者も青い鳥になって高みからの人生を客観していたつもりが、突如意識を地上に引きずりおろされ、夢から醒めるかのような衝撃を受けました。
ある意味では「青い鳥などいない」と言っているようなもので、童話と違って幸せをみつける曲でも、幸せとは何かと悟る曲でもなく、ただ幸せを見つけられない悲しさを歌う曲なのだと思います。

中島みゆきは客観や一般論ではなく、常に主題に密着して、あるいはそのものになって、その悲哀と感情を歌っていると思います。
この一曲目を聴いて、おそらくこのアルバムもそうではないかと予感しました。

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